魚井康生さん

まどんな|マスター


60年前にショーも行われるクラブとして始まった「まどんな」の店主。物心ついた時の記憶は女性、香水、札束だった。フィジークを目指すマラソンランナーの企みは音楽ライブ。



「クラブニューマドンナ」(現在は「まどんな」に改名)を経営する故父・郁生さんと母・愛子さんとの間に生まれた。女性がとなりに座って接客をしたりショーを開催したりと、歌って踊れる大人の社交場の2階に暮らした。漁師が腹巻きに100万円を入れて来店していた時代もあったという。営業中の店に出入りをして、お客様にも可愛がってもらったそうだ。幼少期から賑やかで華やかな世界に囲まれて過ごした。幼い頃から続けていた剣道で道外の高校へ進学し、卒業後は上京。22年間、東京のレストランでホールスタッフをしながらビジネスを学んだ。15年前に帰郷し店に入った。

先代が亡くなったのが4年前。店を継ぐかどうかの選択に直面することとなる。「自分のやりたいことは何なのか。『マドンナのやっちん』を演じ続けることができるのか」と悩んだが、決め手となったのは「尊敬する父への想いだったのでは」と振り返る。先代は「広尾のこと」にはなりふり構わなかった。広尾をサンタランドとした関係者のひとりだったほどだ。知らず知らずのうちに魚井さんにも、地域への強い思いが植え付けられていたのだろう。




魚井さんは「スポーツ」が大好きだ。体育会系の高校時代から現在まで、多少サボった時期もあったが「筋トレ」は欠かしていない。現在でも最低週1回は帯広のスポーツジムで自分の筋肉と向き合うのがライフスタイルだ。目標は60歳で「フィジーク」。フィジークとは、過度な筋肉量を求めず、きれいに割れた腹筋と広い肩幅から細く締まったウエストライン、逆三角形の背中など「美しい体のトータルパッケージ」と言われる。「まどんな」にも、サンドバックとベンチプレスのための器具を置きたいらしい。「広尾は漁師が多く力自慢もたくさんいるのでここで発散して」というのは表向きの理由で、本当は自分がいつでもトレーニングしたいからだ。42歳で始めたマラソンも趣味のひとつで、年間全道各地の4、5レースにエントリーする。いつかはトライアスロンにも挑戦したいと意気込む。



店を継いで早4年。音楽にも深い愛情を注ぐ魚井さんは、先代が創り上げた歴史を守りつつ、自分の個性を加えていきたいと想いを巡らす。内装はそのままで、音楽ライブを楽しめる業態への展開も視野に入れている。今後の「まどんな」と魚井さんの動向は見逃せない。